こんにちは。
和歌山県紀の川市の放課後等デイービスK-if(けいふ)のやかんリーダーです。
6月の月曜日のプログラムの振り返りをしていきます。
6月の木曜日は『ゴル〇13を目指せ』と称して、的当てをしています。使用する物は以下の物です。
・輪ゴム
・紙を小さく折った玉
・的となる物
が使用予定だった物でした。
お気付きの通り、『だった』と過去形になっています。
輪ゴムを指に掛けて小さく折った紙を飛ばして、的を射抜く。当初の予定では、これでいけると思っていました。しかし、現代っ子には、『指に輪ゴムを引っ掛けて、引っ張ること』が大変難しかったようで、紙玉を飛ばすことができる児童が10人中1人という結果に。。。
その為、急遽簡易のパチンコを作りました。これのおかげで、10人中7~8人は出来るようになったのでプログラムとして成り立ったので結果オーライですが、私の感覚では、狙い通りに飛ばず、苦戦を強いられると思っていましたが、『飛ばすこと』に苦戦を強いられるということは、今まで類似した遊びをしたことがなかったことが想像されます。
自分が小学校の頃も『おもちゃ』という物は勿論ありましたが、今の『おもちゃ』とは違って、複雑な物は少なく、簡素な物が多かったように感じます。その為使用方法に関して限定的な物は少なかったので、自分で試行錯誤しながら、楽しみ方を模索し、その結果、本来の使い方とは違う使い方で楽しんでいた場合も今にして思えばあったように感じます。ですが、今の『おもちゃ』はどうでしょう?質が落ちたとは思いませんが、今の玩具って『使用方法が限定されている物』が多くないですか?
例を挙げるとすると『カードゲーム』なんかは、限定的な使い方しかできない物になっておいり、その種類も多種多様ですよね。カードゲームをやっている人からすれば、違うゲームであると認識していると思うので、不快にさせてしまうかもしれませんが、やっていない人からすれば一括りに『カードゲーム』であることもまた事実です。